“ そういえば最近、クチコミ系グルメサイトを使わない、というふうに決めている。サイトが不十分だというわけではなく、むしろ十分すぎるような気がしている。たくさんありすぎて、余計に迷う。そして一番困るのは、どれかを選んだところで、それよりももっといい選択肢があったかもしれない、という微妙な後悔感だ。それが嫌なので、エリアだけを思いつくまま挙げて、あとは行ってみて、5分くらいで見あたったところから直観で決めている。
店選びはうまくいったかもしれない。もしかすると、もっといい店が近くにあったかもしれない。でもそんなこと知りようもないし、実はそんなことはどうでもよかったりする。合理的に諦められることのほうがもっと重要だ。
だいたいにおいて、正しい答えが求められていることはそんなに多くない。どちらかというと、必然性のある答えが求められている。実はけっこう何でも良くて、なにか必然性があればいいのだ。そういうときに、正しいかどうかわからないけど、すぐに必然性のある(そして、変に後悔させたりしない)視野をせばめる方法を提示できるというのは、いい感じだと思う。
いま必然性が大切なんだと思う。正しさや良さではない。自分は機能的なものが好きだ。でもそれは自分が合理的な人間だからじゃない。必然性のあるものにあこがれているのだ。役目があるからそこにいる。役目があるからその形である。そうでしかあ りえない形。自分らしさなんて微塵も悩まない。 ”
メディアは必然性へ進化する - β2 (via gtokio) 「予想どおりに不合理(Predictablly Irrational)」にも似た。 (via detlog)
β2 「予想どおりに不合理(Predictablly
山形浩生さんが著書の中で、コンピュータの普及で意志決定に必要な情報を得るコストが逓減していった先には、人間の決断までの「迷い」が最大のボトルネックになる世界が来る、みたいな話があったのを思い出した。...